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京都地方裁判所 平成5年(ワ)816号 判決

滋賀県大津市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

木内哲郎

白浜徹朗

東京都千代田区〈以下省略〉

(送達場所)京都市〈以下省略〉

被告

勧角証券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

入江正信

坂本秀文

長谷川宅司

松本好史

井藤公量

右長谷川宅司訴訟復代理人弁護士

久保井聡明

主文

一  被告は、原告に対し、金二一四万七一〇九円及びこれに対する平成五年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを二分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告は、原告に対し、金四〇〇万円及びこれに対する平成五年四月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実

原告は、被告京都支店の担当者Bの勧誘により、平成二年六月一九日、外貨建ての新株引受権証券(分離型新株引受権付社債のうち、新株引受権部分が社債部分と分離して流通しているもの。以下「ワラント」という。)「麒麟麦酒ドルワラント2」(数量一〇)を単価二三ポイント、約定金額一七七万九〇五〇円で、同年七月一九日、同「日揮ドルワラント1」(数量一〇)を単価二四・八七ポイント、約定金額一八五万二五六五円で、同年七月二六日、同「西友ドルワラント1」(数量一〇)を、単価二三・二五ポイント、約定金額一七五万二四六八円で、それぞれ被告から購入した。このうち、平成二年七月二五日、「日揮ドルワラント1」(数量一〇)を単価二六ポイント、約定金額一九〇万〇二七二円で売却した(以上の三銘柄を「本件ワラント」という。)。

二  原告の主張

1  本件ワラント取引の経緯について

(一) 原告は、平成元年一〇月四日、Bから、森永乳業のドル建ワラント(以下「森永乳業ワラント」という。)の購入を勧められた。その際、Bは、「権利買う商品で株とよく似たものである。株が上がればワラントも高くなるし、下がれば安くなる。」などと四、五分間、電話で説明しただけで、ワラントの性質や危険性について、それ以上の説明をしなかった。本件ワラントの購入を勧誘する際にも、Bから説明が加えられることはなかった。

(二) 原告は、昭和六一年二月から、被告を通じて株式投資を行っており、その取引の大部分はBの勧めに従ったものであったため、同人に強い信頼を寄せていた。Bからもうかる商品として強く勧められて森永乳業ワラントや本件ワラントの購入を決意したが、ワラントの性質については社債のようなものと理解していた。

(三) 原告は、平成三年一〇月ころ、Bの後任の担当者Cから、本件ワラントをそのまま持っていても紙くずになると初めて告げられた。Cの説明は、「ワラントは権利を買ったのであって、株を買うには更に金がいる。麒麟麦酒は見込みがないが、西友は見込みがあるので、半分くらいに戻ってから売ってはどうか。」というものであった。

2  ワラントの性質と危険性

(一) ワラントは、債券発行時にあらかじめ決められた一定の期間(権利行使期間)内に、あらかじめ決められた金額(権利行使価格)を当該ワラントの発行会社に払い込むことによって、あらかじめ決められた数量の新株が取得できる権利を表象する証券であり、株式等の既存の有価証券とは異なった特徴を持っている。さらに、外貨建ワラントについては、外貨建てであることに基づく固有の特徴がある。

(二) すなわち、①株価に連動して価格が変動するが、その値動きが株価よりも大きい、ハイリスク・ハイリターンの金融商品である。②価格はポイントで表示され、円で表示するには特別な計算が必要である。③ワラントのパリティ(理論価格)は、当該ワラントの権利行使価格、株価、行使株数、券面額、付与率、実勢為替、権利行使期間の各数値に基づいて算定される、④パリティにプレミアムを加えた取引上の実勢価格は、権利行使期間の長さ、その間の株価上昇期待、ギアリング効果への期待等、会社業績以外の複雑な要因によって変動してくるため、その予測は極めて困難である、⑤株価が権利行使価格を上回らなければ権利行使のメリットが全くない、⑥権利行使をして株式を取得するには、発行時に定められた行使価格と固定為替レートに基づき計算される相当額の追加資金を必要とする、⑦期限付きの商品で、おおむね四年から五年の行使期間が定められているため、株価が権利行使価格を上回らないままの状態で権利行使期限に近づくと価値がほとんどなくなってゆき、これを経過すると無価値となり投資金額全部を失うことがある、⑧外貨建ワラントには為替変動のリスクがある、⑨顧客と証券会社間の店頭(相対)売買であるため、取引において両者の利益が相反する、⑩上場株式のように、取引が市場に集中していないため、価格形成の公正さが確保されておらず、取引価格も証券会社ごとにまちまちで、その情報が開示されていない、⑪売却の相手方が購入先の証券会社に限定される一方、証券会社が買受けの義務を負っているわけではないため、投下資本を回収する道が閉ざされかねない、⑫外貨建ワラントの取引において、証券会社は、手数料ではなく、仕入値と売却額との差額により利益を上げており、その利益についての規制がない。

(三) 以上の点から、(外貨建)ワラントは、その仕組みが複雑で理解が困難であり、一般投資家が投資の対象とするにはハイリスクに過ぎる金融商品というべきである。

3  被告の義務違反

(一) 説明義務違反

(1) 証券会社は、豊富な知識と経験を有し、膨大な情報を持つ専門業者として、顧客に証券の売買を勧誘・推奨する際、その証券の内容、特質、危険性を説明する義務を負っている。特に、ワラントについては、相対取引という取引形式、価格変動の激しさ、ハイリスク・ハイリターン性、行使期限が経過した場合に無価値となることなどの基本的特徴、その他、2でみた特徴を理解することが、的確な投資判断をする上で必要不可欠であるから、これらの事項を顧客に説明すべき義務を負っているものである。

(2) ところが、1でみたとおり、被告は、右の義務に違反して、ワラントの特徴について全く説明することなく、原告を勧誘して本件ワラントを購入させた。

(二) 誠実・公正業務遂行義務違反

(1) 証券会社並びにその役員及び使用人は、顧客に対して誠実かつ公正にその業務を遂行すべき義務を負っており(証券取引法四九条の二)、右義務に基づいて、有価証券の売買に関し、虚偽の表示又は誤解を生ぜしめる表示をする行為(同法五〇条一項六号、証券会社の健全性の準則に関する省令二条一号)、顧客に株価変動に関する断定的判断を提供して勧誘する行為(証券取引法五〇条一項一号、二号)が、いずれも禁止されている。

(2) しかしながら、被告は、原告に対して、本件ワラント取引時に交付した「外国証券等受渡計算書」の「償還日」欄に何の断り書きもなく、ワラントの権利行使期限を記載し、実際には右期限に権利が消滅するのに、あたかも、その日に償還が受けられるかのような虚偽の表示をした。また、Bは、「絶対もうかる商品です。」などと断定的判断を提供して、原告に本件ワラントを購入させた。

(三) 適合性の原則遵守義務違反

(1) 証券会社は、投資勧誘に際して、投資目的、投資経験、資力等といった顧客の属性に最も適合した投資が行われるよう十分に配慮すべき義務を負っている。

(2) 原告には、ワラントのようなハイリスク商品を購入する意向がなく、ワラント投資に関する知識・経験もなかったから、取引を行う適合性が欠けていたにもかかわらず、被告は右義務に違反して勧誘を行い、原告に本件ワラントを購入させた。

(四) 利益相反回避義務違反

(1) 証券会社が当事者となって有価証券の売買を行う場合には、相手方になる顧客との間で利益相反が生じかねないことから、証券会社は、顧客から有価証券の取引に関する注文を受けたときは、証券会社自身が売買の相手方になるのか、媒介、取次ぎ又は代理によって売買を成立させるにすぎないのかを区別して明示する義務を負っている(証券取引法四六条)。さらに、不当な利益(値ざや)を得ていないことを顧客に開示する義務、殊に、証券会社が当該有価証券の引受けを行っている場合には、これを売りさばくために、顧客の利益に反した売込みを図る危険が大きいから、引受けの事実とその数量、他への販売価格等についての情報を顧客に開示する義務を負っているというべきである。

(2) しかし、被告は、それまでは、原告との間で、株式売買について専ら取次業務を行っていながら、ワラントの取引に際しては、何の説明もなく売買業務に切り替え、被告が得る利益についての開示も行わないまま、原告に本件ワラントを購入させた。

(3) また、被告は「西友ドルワラント1」の引受幹事証券会社であったにもかかわらず、その事実を原告に開示することを怠った。「西友ドルワラント1」の売出価格は一六・九ポイントであったところ、被告は、原告に対して、右売出価格を知らせないまま二三・二五ポイントの約定単価で売り付けており、株式取引における手数料(通常一パーセント程度)と比較して著しい暴利をむさぼったものである。

(五) 有価証券目論見書交付義務違反

(1) 証券取引法一五条二項は、発行者、有価証券の売出しをする者、引受人又は証券会社が、その募集又は売出しにつき同法四条一項本文の規定の適用を受ける有価証券(大蔵大臣に対する発行者の届出を要する有価証券)を募集又は売出しにより取得させ又は売り付ける場合には、同法一三条二項及び四項の規定に適合する目論見書を、あらかじめ又は同時に交付しなければならないと規定している。

(2) 日本企業が発行会社であり、日本の証券会社が引受証券会社として、その発行前に国内の投資家に対する募集・売出しを行っている本件ワラントのような場合には、国外で発行された有価証券であっても、実質的には国内での募集・売出しと同視できるものであり、証券取引法の適用を受ける(証券会社が国外発行であることを理由に、証券取引法の不適用や目論見書交付義務の免除を主張することは、脱法行為として許されない。)。また、仮に、国外で発行された当初は証券取引法の適用を受けないとしても、国内に持ち込まれた段階で証券取引法の適用を受けることになる。したがって、証券会社が本件ワラントの募集・売出しをするときには、購入者に目論見書を直接交付する義務を負っている。

(3) 被告が本件ワラントを原告に売り付けた行為のうち、発行日以前における販売は、不特定かつ多数の者に対し、均一の条件で新規発行の有価証券の取得の申込みを勧誘すること、すなわち「募集」に、発行日以降における販売は、不特定かつ多数の者に対し、均一の条件で既に発行された有価証券の売付けの申込みをすること、その買付けの申込みを勧誘すること、すなわち「売出し」に、それぞれ該当する。したがって、被告は、証券取引法に基づき、本件ワラントの目論見書を交付すべき義務を負っていたことになるが、にもかかわらず、右義務を怠って原告に目論見書を交付しなかった。

(4) 被告は、この場合、証券取引法一六条に基づき損害賠償の責任を負うが、目論見書交付義務に違反した取引は本来無効と解すべきであるから、相当因果関係の有無にかかわりなく、購入代金分の損害を賠償すべきである。また、原告が目論見書の交付を受けていれば、本件ワラントが理解困難な複雑な証券であることや購入価格と売出価格との間に大きな開きのあることを知り、その購入を回避したものと考えられるから、目論見書交付義務の違反と原告の損害発生との間には相当因果関係があるというべきである。

(六) 手仕舞い勧告義務違反

(1) 1でみた原告とBとの信頼関係、さらに、原告において、ワラントの価格情報が得られず、売却のタイミングも分からなかったことからすると、被告は、価格が下落した段階でその事実を知らせ、早期に売却して手仕舞いするよう原告に勧告すべき義務を負っていたというべきである。

(2) しかしながら、被告は、本件ワラントの価格が下落していたにもかかわらず、右義務に違反して、その価格を原告に連絡することもないまま漫然と放置し、手仕舞いを勧めることを怠った。

4  被告の責任

(一) 被告ないしその使用人であるBの3に掲げた各義務違反は、原被告間の契約上の義務に違反する行為であるから、被告は、債務不履行に基づき原告の被った損害を賠償する責任を負う。

(二) また、3に掲げた各義務違反は、証券取引法及びこれに基づく諸法令に違反しており、全体として社会的相当性を逸脱した不法行為を構成するから、被告は、民法七〇九条、七一五条に基づき損害賠償の責任を負う。

(三) さらに、3(五)に掲げた目論見書交付義務のけ怠に関して、被告は、証券取引法一六条に基づき無過失の損害賠償責任を負う。

5  原告の損害

(一) 「麒麟麦酒ドルワラント2」の権利行使期限は平成五年六月一日、「西友ドルワラント1」のそれは平成六年七月一日であったところ、原告は、処分の機会を逸したため、右各ワラントは無価値となり、購入価額と同額の損害を被った。一方、一でみたとおり、原告は、「日揮ドルワラント1」の転売により四万七七〇七円の利益を上げているから、これを右損害額から控除した三四八万三八一一円が被告の債務不履行ないし不法行為と相当因果関係のある損害である。

(二) 本件事案の内容に照らすと、訴訟追行を弁護士に委任することは必要不可欠というべきであり、その費用のうち五二万円は被告の債務不履行ないし不法行為と相当因果関係のある損害である。

(三) 原告は、本訴において、(一)、(二)の合計額四〇〇万三八一一円の一部請求として四〇〇万円の支払を求める。

三  被告の主張

1  本件ワラント取引の経緯について

(一) 原告は、本件ワラントの取引までの約四年半の間に、被告を通じて七〇回を超える(売り買いの回数でいえば一〇〇回を超える。)有価証券の投資を行っており、取引の対象には、株式、中期国債ファンドだけではなく、転換社債や外国債・外国ファンドも含まれていた。新聞の株価欄にも絶えず注意を払い、銀行金利以上の利回りが確保できると判断すれば、自ら売りの指示を出すなど、比較的短期の売買を繰り返していた。このように、原告は、株式投資について水準以上の知識・経験を有していた者である。

(二) Bは、森永乳業ワラントの購入を勧める際、ワラント取引が権利の売買であること、外貨建てであること、値動きが株式以上に大きいことや転換社債と比べた仕組みの違いを原告に説明した。また、「外貨建ワラント取引のしくみ(外国新株引受権証券の取引に関する説明書」(乙一〇)を郵送し、原告から「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙四)に署名捺印を得て、その返送を受けている。本件ワラント購入の勧誘に際して、重ねて説明を加えなかったのは、森永乳業ワラント購入時にその特徴を十分に説明していたためである。なお、原告は、それまでの証券取引と同様、本件ワラントについても、短期売買による利食いを意図しており、長期間保有する意思がなかったため、行使期間を過ぎて無価値となるようなリスクは原告やBの意識に上らなかったものである。

(三) 原告は、平成三年一〇月ころ、被告の担当者から、本件ワラントの価格の下落を知らされたが、「麒麟麦酒ドルワラント2」について、見込みがないと聞かされ、そのまま放置しておくことを、「西友ドルワラント1」について、購入時の価格の三分の一程度まで値下がりしており、行使期限が過ぎれば無価値となることを承知の上で、値段の回復を待つために保持し続けることを、それぞれ自らの判断により決定した。

2  ワラントの性質について

(一) ワラントは、原告が指摘するような危険性のみではなく、投資家にとって大きな利点の存する商品である。すなわち、株価上昇時には株式投資に比べて何倍もの投資効率を上げることのできる高収益性を持ち、株式投資に比べて少ない資金で同等の収益を期待できるため、リスクの分散、回避が可能である。また、投資のリスクはワラント購入額に限定され、株価が値下がりしたとしても、株式投資に要する金額全体についてのリスクを負うことがない。さらに、権利行使期間が五年程度と比較的長期であるから、投資家は時間的余裕をもって投資を行うことができる。

(二) ワラントの価格がパリティとプレミアムとによって構成され、プレミアムについては種々の要因により価格が変動し得ることは確かであるが、同様のことは株式その他の有価証券についても当てはまることである。また、証券会社は、前日のロンドンにおける業者間マーケットの最終気配値を基礎に、当日の株式市場の株価動向を考慮して外貨建ワラント各銘柄の気配値を決定し、顧客との売買を行っていた。証券会社ごとに多少の価格の差異はあったものの、一定の数値及び基準に従ったものであったから、価格決定が不明朗であったとか、し意的であったとはいえない。

3  被告の注意義務について

(一) 説明義務、適合性の原則及び手仕舞い勧告義務について

1でみたとおり、被告は、最初にワラント取引を勧めた際、ワラントの内容について必要な説明を尽くしており、原告もその説明を理解していた。また、それまでの原告の投資経験や知識に照らせば、事前にしたワラント取引に関する説明とも相まって、原告にワラント取引を勧めることが適合性の原則に反していたとはいえない。さらに、自己責任の原則が妥当する証券取引においては、証券会社が手仕舞い勧告義務を負うことはない。

(二) 有価証券目論見書交付義務について

(1) 本件ワラントは国外(イギリス)で発行されたものであり、募集又は発行について証券取引法四条一項本文の適用を受ける(有価証券届出書の提出を要する)有価証券に該当しない。また、本件ワラントの販売行為は、顧客との間の個別的な折衝により販売価格の定まる相対取引であり、不特定かつ多数の者に対する均一の条件での有価証券の売付けの申込みではないから、有価証券の「募集」又は「売出し」にも該当しない。したがって、原告に対する本件ワラントの販売について、被告が証券取引法一五条二項所定の目論見書交付義務を負うことはない。

(2) 仮に、被告が目論見書交付義務を負っていたとしても、そのけ怠と原告に損害が生じたこととの間に相当因果関係はなく、証券取引法一六条を根拠に損害賠償責任を負うことはない。

(三) 「西友ドルワラント1」販売の経緯と仕入価格

被告は、国外で発行された「西友ドルワラント1」を海外の証券業者七社より仕入れており、その総数は三一七五ワラント、平均単価は二二・九七ポイントである。これを国内の顧客に対して、相対売買により二六二〇ワラントを売却している。原告に対する販売価格二三・二五ポイントは、仕入値に慣習上認められている利益(仕入値の一・五パーセント相当額)を上乗せした金額の範囲内であり、被告の得た利益が過大なものとはいえない。なお、右ワラントの引受シンジケートには被告の海外現地法人が含まれていたが、そこからの仕入れも通常のユーロ市場の価格で行われており、主幹事証券会社である野村証券の当初の売出価格(一六・九〇ポイント)で被告が右ワラントを購入した事実はない。

3  損益相殺

原告は、同一機会に行われた被告担当者のワラントに関する説明に基づいて、本件ワラントの取引以外にも、平成元年一〇月四日、森永乳業ワラントを購入し、同年一〇月一九日、これを売却して二三万八六二九円の利益を得ている。したがって、被告に損害賠償責任が認められるとしても、右利益は日揮ワラントの売却による利益(四万七七〇七円)と併せて、原告の損害額から損益相殺されるべきである。

4  過失相殺ないし自己責任の負担割合による減額

(一) 原告は、本件ワラントの取引までに、約四年半の投資経験を有しており、別のワラント取引も経験し、かつ、ワラント取引に関する詳しい説明書も入手しているなど、自らそのリスクを理解できる状況にあったといえる。そうすると、原告には、実際の理解が十分でなかったことについて過失があったといえるから、相当な割合で過失相殺がされるべきである。

(二) また、1(三)のとおり、原告は、権利行使期間の存在を知らされ、ワラントのリスクについて十分な理解を得た後も、値段の回復を目論み、本件ワラントを保持し続けることを自らの責任であえて選択したものである。したがって、リスクを認識した後に発生・拡大した損失は、原告の負担に帰すべきものとして、被告は賠償の責めを負わないというべきである。

四  本件の争点

1  本件ワラントの販売において、被告に説明義務違反、その他の義務違反があったか。

2  1の義務違反により、被告が債務不履行ないし不法行為等の損害賠償責任を負うか。

3  被告が賠償すべき損害の範囲はどれだけか(過失相殺、損益相殺等による減額が認められるか。)。

第三証拠

本件訴訟記録中の証拠目録記載のとおりであるからこれを引用する。

第四争点に対する判断

一  本件ワラント取引の経緯について

1  証拠(原告本人、証人B、甲一三の1、2、一四ないし一六、乙一の1、2、二ないし五、六の1、2、七、八の1、2、九、一一の1ないし33、一二)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実を認めることができる。

(一) 原告(大正一四年生)は、昭和六一年一月にそれまで勤めていた株式会社を退職して無職となり、以降の収入は厚生年金のみとなった。Bは、学生時代、原告の妻が経営する喫茶店に客として出入りしており、昭和六〇年四月、被告に就職して京都支店に配属されてからは、店を訪ねてDに証券取引を勧め、中期国債ファンドの注文をもらうなどしていた。原告は、退職金の運用方法として、株式投資に興味を持つようになり、昭和六一年二月には、ハリマ化成の業績が良く無償増資が実施されるという新聞記事を目にして、同社株式の購入を決め、Bを介して被告に注文を出した。

(二) こうして、原告は被告との間で株式の取引を始めたが、その後、継続的に行われた取引において購入した銘柄は、大半がBの勧めに従って選んだものであった。一方、原告の投資の目的が、銀行金利よりも高い利回りで資金を運用することにあったため、原告は、新聞を見るなどして株価の変動に注意を払っており、多少の利益が出れば、自らの判断でBに売却の指示を出す場合が多く、保有期間の比較的短い取引を繰り返していた。Bは、右のような原告の投資目的を理解した上で、株式以外の各種の証券取引も勧誘しており、その勧めに応じて、原告は、転換社債や投資信託、外国債、外国株の取引も行っていた。

(三) 原告は、昭和六二年二月のNTTの株式公開時の第一回公募に申し込み、その抽選に外れたが、Bから「予備があるのでご希望でしたら、お分けしますよ。」などと言われて、NTT株を購入できたことがあり、Bの勧めで購入した株式で利益を上げることも多かったため、同人に対して強い信頼を寄せていた。もっとも、昭和六三年二月にBの勧めで購入したナムコの株式が大きく値下がりしたことがあり、同年五月、Bから手仕舞いを勧められてこれを売却し、一二三万九六二五円の損失が生じた。ただ、このときは見込み違いであることに納得していて、Bや被告に苦情を述べることはなかった。

(四) Bは、平成元年一〇月四日、原告に対して、森永乳業ワラントの購入を勧め、ワラント取引が権利の売買であることや、値動きが株式以上に激しいこと、ドル建てであるため為替変動の影響を受けることを四、五分間電話で説明した。原告は、ワラントについての知識がなかったが、Bが勧めてきたことから、利益が見込める商品だろうと考え、為替変動の影響を受けることのほかには、それまでの証券取引との違いを特に意識することなく購入に応じた。また、当時、ワラントの価格が新聞等で公表されていなかったため、大きな値動きがあればBの方から原告に知らせることになった。

(五) (四)のワラント購入と前後して、被告京都支店の総務部門から原告に、「外貨建ワラント取引のしくみ(外国新株引受権証券の取引に関する説明書)」と題する被告作成の書面(乙一〇)が送付されており、原告は、同封された「外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙四。右説明書の内容を確認し、自分の判断と責任で外国新株引受権証券の取引を行う旨の記載があるもの。)に署名捺印して、これを被告に返送した。右説明書には、外貨建てワラント取引の概要とその危険性(株式以上に急激な価格の変動があること、証券会社との相対売買であり取引ごとに価格の異なる場合があること、権利行使期間が経過すると無価値となること)についての簡潔な記載があったが、原告はこれを読んでいなかった。Bも、右説明書の内容や確認書の趣旨について説明を加えることはなく、右説明書を読んだか原告に確認することもなかった。

(六) 原告は、平成二年六月一九日、Bから、「麒麟麦酒ドルワラント2」の購入を勧められたが、このときも、麒麟麦酒の業績が好調であること(同社製品の「一番搾り」の売上げが伸びていること)を指摘されただけで、ワラントの特徴や株式等、他の有価証券との相違について説明を受けることはなかった。同年七月一九日に「日揮ドルワラント1」を、同年七月二六日に「西友ドルワラント1」を、それぞれ購入するときも、同様にワラントの特徴についての説明はなかった。

(七) この間、原告は、平成元年一〇月一九日、森永乳業ワラントの売却によって二三万八六二九円の利益を得ており、平成二年七月二五日にも、「日揮ドルワラント1」の売却によって四万七七〇七円の利益を得ていた。また、ワラントの取引と並行して株式や転換社債等の取引も続いており、Bの勧めに従うという取引形態にも変化はなかった。なお、平成二年九月には、日本相互証券株式会社を通じたワラントの業者間取引が開始され、同社発表の気配値が日本経済新聞に掲載されるようになったため、「麒麟麦酒ドルワラント2」「西友ドルワラント1」の価格が下落していることを、原告も紙面で知るところとなった。

(八) 平成二年一〇月、Bが新宿支店に転勤となり、さらに、担当者が再度替わって、Cが原告の担当者となった。原告は、平成三年一〇月ころ、Cから、ワラントをそのまま持っていると紙くず同然になるという話を聞かされ、権利行使期間が経過してしまえばワラントが無価値なることを初めて知らされた。このとき、「麒麟麦酒ドルワラント2」は無価値に近い水準まで値下がりしており、「西友ドルワラント1」も購入時の価格の三分の一くらいまで値下がりしていた。Cは、「麒麟麦酒ドルワラント2」は見込みがないが、「西友ドルワラント1」は少しは見込みがあるので、購入価格の半値くらいになるまでようすをみることを勧め、原告も、右各ワラントをそのまま保有することに決めた。しかし、その後も、右各ワラントの価格は回復しなかった(平成五年三月二六日時点の価格は、「麒麟麦酒ドルワラント2」五八六円、「西友ドルワラント1」五万一三一八円である。)ため、転売や権利行使のされないまま、その権利行使期間(「麒麟麦酒ドルワラント2」は平成五年六月一日、「西友ドルワラント1」は平成六年七月一九日。)が経過していった。

2  原告は、ワラント取引に関する説明書(乙一〇)について、その送付を受けた事実はなかったと供述している。しかし、被告が前記確認書(乙四)のみを送付するとは考えにくいことや、原告自らが署名捺印して返送した右確認書の文面に照らすと、右の供述は採用し難いというべきである。また、ワラントの値動きが株式以上に激しいことについて、Bから説明を受けたことがないと供述するが、反対趣旨のBの証言に照らして採用できない。殊に、原告が株式の値動きについて十分な注意を払っていたこと、森永乳業ワラントの取引では短期間の間に高い収益を上げていること(その購入価格は一七〇万二八〇〇円であり、売却価格は一九四万一四二九円である。乙一一の23。)からすると、少なくとも本件ワラントの取引までに、その値動きの激しさをある程度認識していたと考えるべきである。

二  ワラントの特徴について

証拠(甲八、乙一〇)及び弁論の全趣旨によれば、ワラントには次のような特徴があるものと認めることができる。

1  ワラントは、権利行使期間内に一定の価格(権利行使価格)で一定の数量の当該ワラント発行会社の新株を引き受けることのできる権利(ないし、それを表象した証券)であり、右期間を過ぎれば経済的価値を失い無価値なってしまうものである。ワラントを買い付けた場合の投下資金の回収方法としては、右期間内にワラントを転売することと、右権利を自ら行使して代価を払い込み新株を引き受けることとがある。

2  当該ワラント発行会社の株価が権利行使価格を上回っていれば、権利を行使することにより有利な条件で株式を取得することができるから、ワラントは株価と権利行使価格との差額分(具体的には、これに権利行使できる株式数を乗じた総額)の経済的価値を有することになり、これがワラントの理論価格(パリティ)となる。逆に、株価が権利行使価格を下回っているときには、権利行使する意味がなくなり、ワラントの理論価格はゼロとなる。

3  しかし、権利行使期間が残存していれば、将来株価が上昇に転じて有利な条件で権利行使できる可能性もある(その残存期間が長いほど、その期待も大きい。)ため、こうした思惑に基づいて、ワラントは理論価格に将来の値上がりの期待値(プレミアム)を付加した価格で取引されるのが通例であり、理論価格がゼロとなったときでも、実際の価格はゼロにはならず取引が続けられる。また、株価と権利行使価格との差額(理論価格)が一つの基準となって取引価格が形成されていくものであるから、株価に連動しながらも、その値動きは必然的に株価の何倍もの大きさになる。したがって、投資対象として端的に株式と比較すると、よりハイリスク、ハイリターンの商品ということができる。

三  被告の説明義務違反について

1  証券取引法上、証券会社は、免許を受けて証券取引を業とすることのできる地位を独占的に付与されているものであり、投資者保護や証券取引の公正確保の一翼を担うというその公共的性格から、顧客に対して誠実かつ公正にその業務を遂行すべき義務を負うものということができる。一般投資家としては、豊富な知識、経験を有する専門業者として証券会社を信頼し、提供される情報を参考にして証券取引を行うのが通例である。したがって、証券会社が取引を勧誘するにあたっては、虚偽の情報や誤解を招きかねないような情報を提供してはならないことはもちろん、顧客の属性や勧誘する取引の内容に応じ、的確な投資判断をする上で必要不可欠な情報を積極的に提供する義務を負うこともあり得るというべきである。殊に、既存の商品とは異なった性質を持ち、一般投資家になじみが薄い新たな商品、内容が複雑で危険性を伴うような商品の取引を勧誘する際には、顧客が十分な知識や理解のないまま取引を開始し、投資判断を誤って損害を被る可能性が少なからず存するわけであるし、顧客が投資対象の危険性について正確な情報を欲することも自明のことといえるから、証券会社としては、顧客が当該取引に精通しているといった事情でもない限り、当該取引の概要や危険性について説明を尽くす義務を負っているというべきである。そして、右義務に違反して取引を勧誘したことにより、顧客が投資判断を誤るなどして損害を被ったときには、具体的状況によっては、社会的相当性を逸脱した違法な行為として、証券会社が不法行為責任を負う場合もあり得るというべきである。

2  これを本件ワラントの取引についてみると、まず、ワラントの特徴として二でみたような諸点を挙げることができ、株式や転換社債、その他の有価証券と比較して、その性質には顕著な差異があるといえ、価格変動の大きさや権利行使期間の経過による投資額全損の可能性、権利行使できる残存期間の長さや権利行使価格、時価等が要因となる独特の価格形成のメカニズムなど、内容的にも複雑であり、取引に伴う危険性もより大きなものであることが指摘できる。また、分離型新株引受権付社債が国内で発行されるようになったのは昭和六〇年一一月のことであり、国外で発行された外貨建ワラントが国内に持ち込まれて取引されるようになったのは昭和六一年一月のことである(甲八)から、被告が原告に森永乳業ワラントや本件ワラントの購入を勧誘した当時、一般の投資家にとって、ワラントは、投資対象としてまだまだ目新しいものであり、その特徴が周知されているとは到底いえない状況にあったといえる。このことは、社団法人日本証券業協会の定めた「協会員の投資勧誘、顧客管理等に関する規則(公正慣習規則第九号)」六条三項が、証券会社がワラント取引に係る契約を締結しようとするときは、あらかじめ、顧客に対し、所定の説明書を交付して、当該取引の概要や当該取引に伴う危険に関する事項について十分説明すべきことを規定している(甲一〇)のことからも裏付けられる。実際、原告自身もワラントについての知識を欠いていたところであり、従前の取引の状況からすれば、原告が一般投資家以上にワラントの取引に精通していたとみるだけの根拠は何もなかったのであって、こうした事情の下では、被告ないしその担当者であるBとしては、ワラントの購入を勧める際、当該取引の概要やその危険性について説明を尽くす義務を負っていたとみるのが相当である。

3  しかしながら、Bは、わずかに、ワラントが権利の売買であることや値動きが株式以上に激しいこと、ドル建てで為替変動の影響を受けることを説明したにとどまり、ワラントの最大の特徴ともいえる権利行使期間についての説明を怠っていたものである。権利行使期間は、ワラントの投資対象としての危険性の大きさを規定する主因といえ、その存在や意味を知らないままでは、的確な投資判断は望むべくもないから、そうした説明を欠いた本件ワラント購入の勧誘行為は、証券会社の注意義務に違反した、違法かつ社会的相当性を欠くものというべきであり、右違反が原因になって原告に損害を与えた場合には、全体として不法行為を構成し、被告は賠償責任を免れないものというべきである。

4  権利行使期間の存在やその意味(価格形成への影響等)の説明を受けていれば、原告が本件ワラントの購入を回避したがい然性は高いというべきである。原告は、ワラントの値動きが大きいことを一応は認識していたと認められるが、権利行使期間が存在することはより大きな異質のリスクをもたらすものといえるからである。また、右の点に関する説明を受けていれば、仮に購入に及んだとしても、本件ワラントの価格が下落し続け、残された権利行使期間が短くなっていくにもかかわらず、これを保有したまま漫然と放置するなどの対応はとらなかったと推認できるから、右注意義務違反と本件ワラントの値下がりにより発生した損害との間には因果関係が存在するというべきである(もっとも、いかなる範囲の損害について被告が賠償の責めを負うべきかについては、後述のとおり、別個の考慮を要する。)。なお、原告の投資判断を誤らせ、損失を招来させた原因としては、権利行使期間の存在とそこから派生する諸特徴についての説明義務違反を挙げるだけで十分である。ワラントには、このほかにも多くの特徴が存する(第二、二2(二)で原告が指摘した諸点等。)が、それらを説明しなかったことと原告に損害が発生したこととの間に因果関係があるとは認められない。

5  ところで、森永乳業ワラントの購入勧誘時に、被告が原告にワラント取引に関する説明書を送付していることは、一1(五)で認定したとおりである。しかし、過失相殺において考慮するか否かはともかく、形式的に説明書を送付しただけでは、原告がこれを読んだという保証(現実に、原告はこれを読んでいなかったというのであり、Bがその点を確認することもなかったのである。)もないし、その内容が複雑であるため、右説明書を読むことでワラントに関する十分な理解が得られるという保証もないのだから、このことで被告が説明義務を果たしたことにはならない。

四  その他の被告の義務違反について

1  誠実・公正業務遂行義務違反について

(一) 被告ないしBが、原告に対して、ワラントの値動きについての断定的判断を提供したと認めるに足りる証拠はない。原告の供述中には、本件ワラントの購入を勧誘するにあたり、Bが有利な商品であることを強調したかのように述べる部分があるが、いまだ断定的判断と目すべきようなものではない。また、一で認定したそれまでの原告の取引の経験、ワラントと株式をさして区別することなく購入に応じていた経緯に照らすと、値下がりの危険が存在することにつき原告が認識を欠いていたとは考えられないし、右のような説明により本件ワラントの購入を決意したともいえないから、損害発生との間に因果関係を認めることができない。

(二) 次に、被告が作成して原告に送付した「外国証券等受渡計算書」(甲一三の1、2)の「償還日」欄には、本件ワラントの権利行使期間が記載されており、確かに誤解を招きかねない表記であるということができる。しかし、こうした記載を見て、原告が本件ワラントの購入を決意したり、誤った投資判断を行ったりしたとは認められず、やはり、損害発生との間の因果関係を認めることができない。右の点について、原告は、右の記載を見て「償還日」に元金が戻ってくるものと考えたなどと供述するが、一で認定したところからすると、ワラントが元本保証の商品でないことは十分に承知していたと考えられ、右の供述は措信できるものではない。

2  適合性の原則遵守義務違反について

原告が主張するように、証券会社は、投資勧誘に際して、顧客の属性に適合した投資が行われるよう十分に配慮すべき義務を負っているというべきであるが、被告ないしBが原告にワラントの取引を勧誘したことを、直ちに適合性の原則に違反しているとはいい難い。原告の取引は、短期間での売買を繰り返して利食いを行う場合が多かったというのであり、ナムコ株式の取引の際には、値下がりに応じて速やかに損切りし、その損失を確定させてもいる。こうした取引態様からすると、ワラント取引の概要やその危険性が十分に説明され、その理解が得られていたことが前提とはなるが、ワラント取引により、原告の投資目的に沿った資金運用を行うこともあながち不可能ではなかったと考えられる。原告の経歴や投資経験からみて、ワラントの仕組みや危険性を理解することがおよそ困難であるとか、ワラント取引の適格性を欠くとまではいい難いところであり、むしろ、問題とすべきは説明義務違反にあるというべきである。

3  利益相反回避義務違反について

(一) 証券取引法上、証券会社が相対取引を行う場合に、その旨を顧客に明示する義務を負っていることは、原告の主張するとおりである。そして、一で認定した取引の経緯からすると、本件ワラントを売却するにあたり、相対取引であることを明示していたとはいい難く(ただし、被告が送付した説明書にその旨が記載されていたことは、一1(五)でみたとおりである。)、原告は、それまでの株式等の取引と同様、被告が注文の取次ぎを行っていたものと誤解していたものと認めることができる。

(二) しかし、一で認定したとおり、原告は、Bの投資判断に強い信頼を寄せ、専らその勧めに従って銘柄等を選択し証券取引を続けていたというのであり、ワラント取引の開始に際しても、前記説明書に十分に目を通すこともないまま、確認書に署名して返送しているくらいであるから、たとえ、相対取引であることを明示されていたとしても、そのことで原告が本件ワラントの購入を回避したとは考えにくく、右義務違反と損害発生との間に因果関係を認めることはできない。また、信義則上、相対取引において得た利ざやや引受けの事実に関する情報を顧客に開示する義務が観念できるとしても、本件においては、やはり、そうした義務の違反と損害発生との間に因果関係を認めることはできないというべきである。

(三) 証拠(乙一四)によれば、被告は、平成二年七月二五日に海外の複数の証券会社から「西友ドルワラント1」を平均単価二二・九七ポイントで仕入れていた事実を認めることができる。右価格との対比からいくと、原告に二三・二五ポイントという価格で右ワラントを売却したことにより、被告が暴利を得ていたといえないことは明らかである。原告は、被告がそれ以前にも「西友ドルワラント1」をもっと安い単価で仕入れていた可能性があり、原告の購入したワラントが七月二五日に仕入れられたものとは限らないと主張している。しかし、右以外の仕入れがあり、実際の仕入単価とかい離した値段で原告に売却されていたとしても、その時点での時価に従ったものである限り、直ちに違法性を指摘することはできないというべきである(七月二五日の平均仕入単価は、当時の時価とかい離のないものと推認することができる。)。

4  有価証券目論見書交付義務違反について

(一) 本件ワラントを原告に販売した行為に証券取引法一五条二項の適用があるか否かはともかく、仮に、その適用が肯定されるとしても、被告が目論見書を交付しなかったことと、原告が本件ワラント取引を行い、損害が生じたこととの間に相当因果関係があるとは認められないから、本件において、そこでの義務違反や証券取引法一六条に基づく賠償責任を問題にする余地はないというべきである。

(二) 原告は、目論見書の交付を受けていれば、本件ワラントが理解困難な複雑な証券であることや購入価格と売出価格との開きを知り、その購入を回避したはずであると主張するが、推測の域を出るものではない。かえって、3でも指摘したとおり、原告とBとの信頼関係や、その勧めに従った証券取引が続いていたことからすると、たとえ、目論見書の交付を受けたとしても、ワラントの危険性について十分な説明を受けない限り(すなわち、ここでも問題になるのは説明義務違反の方である。)、Bの勧めに従って本件ワラントの購入に及んだものと考えるのが自然であり、目論見書の不交付と損害発生との間に因果関係を認めることはできない。

(三) なお、原告は、証券取引法一六条に基づく賠償責任について、目論見書の不交付と損害発生との間に因果関係を要しないと主張するが、右条文の文言や法律上の賠償責任が課せられるその他の場合との比較からいっても、右因果関係の存在が要件になることは明らかというべきである。原告の主張は独自の見解であって採用できない。

5  手仕舞い勧告義務違反について

なるほど、原告の証券取引は、長期間の証券保有を目的とするものではなく、利回りを確保した上で短期間に転売することが多かったというのであり、現実に、ナムコ株式の取引においても、値下がりが生じた比較的早い時期にBから手仕舞いを勧められ、損失を確定させたという経過からすると、本件ワラントの値下がりを踏まえて早期の転売を勧めることが、原告の意向に一応沿ったものであったということができる。しかし、本件ワラントについて、値下がりが続いていたとしても、値上がりに転じる可能性も否定できないのであり、手仕舞いをすべき時期については様々な判断が可能であって、結果論から、一つの投資判断のみが是認されることにはならない。ましてや、そうした判断を提供する義務を証券会社に負わせることはできない。そもそも、多くの不確定要因をはらんだ証券取引においては、その判断の責任は、原則として、投資者が負うべきものであり、本件の下でも、被告ないしBの側に手仕舞いを勧告する具体的な義務を措定することはできないというほかない。ただし、被告の説明義務違反が、手仕舞いの時期に関する原告の判断の誤りに原因を与えているといえ、この点が不法行為に基づく損害賠償責任の根拠になることは、三で判断したとおりである。

五  損害賠償の範囲について

1  原告は、不十分な説明の下に勧誘を受けて被告からワラントを購入し、一部取引において利益を享受した反面で他の取引においては損失を被ったもので、これらを一連の取引行為と評価するのが相当である。したがって、原告が自認する「日揮ドルワラント1」の売却による利益のほか、森永乳業ワラントの売却による利益二三万八六二九円についても、これを損益相殺して原告の損害額から控除すべきである。

2  次に、被告ないしBからの口頭での説明が十分でなく、説明義務違反が認められるにしても、原告は、ワラント取引の概要と危険性が記載された説明書を受領しており、これをきちんと読んでいれば、権利行使期間の存在やそのことを理由とする危険性について思いが及んだはずであるし、仮に、理解が不十分であったとしても、Bに重ねて説明を求めるなどして、的確な投資判断に必要なワラントの理解に至ったとも考えられ、原告にも落ち度のあったことは否定し難い。

3  また、被告が主張するとおり、「西友ドルワラント1」については、購入価格の三分の一程度まで価格が下落した時点で、Cからワラントの性質についての説明を受けており、行使期間が経過すると無価値になるという危険を承知の上で、保持し続けて値段の回復を待つという態度に出たものとみることができ、その限りで、以降の損失拡大について原告にも責任があるといわざるを得ない。ただ、損失を確定させたとしても、被告からそのてん補が受けられる確かな見通しがあったわけでもないから、十分な説明も受けずにワラントを購入したことにより、予想外の損失を被った原告に対して、ワラントの性質を理解した時点で直ちに損失を確定させるためにワラントを売却することを要求するのは酷な嫌いもあり、右時点以降の値下がりなどに伴い拡大した損失をすべて原告の負担とすることには疑問も残るところである。

4  2、3のような事情をしんしゃくすると、過失相殺ないしは過失相殺類似の法理により、原告に生じた損害(1による損益相殺分を控除した後の金額)のうち、四割を原告の負担に帰すべきものとして賠償額から減額するのが相当である。

六  まとめ

以上のとおり、被告が賠償すべき損害額は一九四万七一〇九円であるところ、本訴追行のため弁護士費用として二〇万円が被告の不法行為と相当因果関係のある損害と認めることができるから、結局、被告は原告に対して二一四万七一〇九円とこれに対する遅延損害金を支払うべきである。

(裁判官 吉田徹)

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